NHKラジオ深夜便「明日へのことば」を聴く

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平成22年09月04日 神戸女学院大学教授 内田 樹氏

平成22年09月04日放送


「ふらふら、きょろきょろ」 
神戸女学院大学教授 内田 樹氏


内田 樹(うちだ たつる) - Wikipedia




 今回の出演者である内田氏は、日本の無節操とも言える変節の様子を「ふらふら、きょろきょろ」という言葉で表し、それが今回のインタビューのタイトルにも採用されていました。


 少子化問題やグローバル化、中国を始めとするアジア諸国の台頭など何かと取り留め無い悲観論が語られることの多い現在の日本を表す言葉としてはなかなか的を射た言葉かもしれません。


 ただ、内田氏の言われていたような「日本列島という閉ざされた地理によってもたらされた民族成立時における民族性の決定」といった運命論的な論調には首をかしげざるをえませんでした。



 日本は、二次大戦に敗れたことによっていわゆる西側諸国の傘の下に組み込まれ、その代償としての「反共のくびき」を架せられながらも、1989年の共産主義諸国の崩壊によってそれもほぼ無効化したことによって、現在は開国以来の自由でそれゆえに目的の見えにくい時代の最中にあると言えます。


 私には、内田氏がこうした現在の日本の時代感覚を歴史的事実へと
強引に敷衍してしまっているように見えます。


 たしかに、漢字・漢籍の伝来や近代西洋文明の受容など「それまでの日本になかったもの」を外部から採り入れ、血肉化してきた日本にとって「外側の基準」への依頼心は否定しようのない習性のひとつと言えるでしょう。


 しかし、遣唐使の廃止から始まる冊封体制からの自立志向や幕末の攘夷運動などからもわかるように外部文明の受容は必ずしも無抵抗・無批判に浸透してきたわけではありませんし、時にはそれが小中華思想や大東亜共栄圏といった外側への反動的な意識へと変容しています。


 日本の変節の歴史を紐解くと、
6世紀の白村江の戦いの敗戦から始まる中国化政策、
明治の維新政府による欧化政策、
戦後のGHQ占領下における米化政策
 と、いずれも亡国の危機やそれに類する状況下において断行された一大改革であり、これらの先人の歴史を現在の日本人の感覚で「ふらふら、きょろきょろ」などという浮ついた言葉で表現することが適当であるとは思えません。



 番組冒頭でも触れられているように、内田氏は「日本辺境論」というセンセーショナルなタイトルの本で新書大賞を受賞されていますが、今回のインタビューの内容と併せても「名誉教授化した現役教授」というあまり望ましくない潮流への懸念を禁じえません。

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平成22年02月04日 作家 加賀 乙彦氏 

平成21年6月26日放送


「人間の老いと社会の病を語る(2)」 
作家 加賀 乙彦氏

加賀 乙彦(かが おとひこ) - Wikipedia



 小説家で精神科医でもある加賀乙彦氏のインタビューの後半を聴取しました。


 死刑囚が激しい躁鬱のノイローゼに苦しむのに対し、無期懲役囚にはまったく同様の症状が見られないといった東京拘置所の医務部技官時代の話など興味深く拝聴しましたが、全体的な感想としては批判的な見解を持ちました。



 私は、世間に情報発信していこうというのなら、世の中で流行しているものに対しては積極的に自分自身で摂取していく姿勢が重要だと考えます。
 なぜなら、人間は自分が興味のない、知らないものに対しては安易に否定的な見解を持ち、また、そういった言論にも同調しやすくなります。
 それは、時として短絡的な害悪論となり、物事の本質を見誤らせることとなりかねません。


 加賀氏は前回の放送で、「これまでの長い人生で得てきたものを若者に残したい」とおっしゃていましたが、その肝心の中身が若者アレルギーの押し付けでは何の益体もありません。



 今回のインタビューの中で批判の対象となったのは、すでに社会批判の定番となった感もある、漫画・アニメ・携帯電話・インターネットです。


 携帯電話・インターネットに関しては、
・表情で相手の真意を読み取れないことが誤解を生み易くなる
・対面で相手を特定できないことが不特定の相手に対する敵意に変換されやすい
・結果として、秋葉原の通り魔事件のような悲劇を生み出す
 といった流れでした。


 なるほどと思いますし、そういった悪影響に対して注視していくことは重要なことですが、インターネット世代の本格化した2000年代になってから、通り魔事件の発生件数が増加したという客観的なデータは存在しませんし、これらのメディアのIT社会における重要性・利便性に触れず、「救急車を呼ぶ」といった非常時に限定して必要性を語るのはいかにも偏狭に過ぎるように感じました。


少年犯罪データベース 通り魔事件
http://kangaeru.s59.xrea.com/toorima.htm


 これについて、インタビュアーも「フェイス・トゥ・フェイスが大事ですね」と同調していましたが、顔の見えないラジオと言うメディアで情報発信することを使命とするラジオアナウンサーとしては複雑な思いもあったのではないでしょうか。



 また、漫画・アニメのについては、
・漫画・アニメでは死んだ人間が簡単に生き返る
・漫画雑誌のアンケートで子供の半数が、「人間は死んでも生き返る」と答えた
・そのため、死に対する実感が希薄になり、安易に殺人・自殺をすることになる
・日本の大人は、子供に死を見せないようにするが、欧米では死の教科書で積極的に学習させている
 という内容でした。


 たしかに、少年漫画等では、超常的な力によって人が生き返るという展開は珍しくありませんが、それが、死に対する意識を希薄にするというのは論理に飛躍があるように思われます。


 漫画雑誌のアンケート結果は、ネット上でいかにも物議を醸しそうな話題ですが、私はそのようなものを目にしたことがありませんし、おそらく、漫画でもテーマとなることの多い「転生(生まれ変わり)」の話題を加賀氏が読み違えてしまったのではないかと推測します。


 そもそも、殺人や凶悪犯罪については、欧米諸国の方が日本のそれよりも遥かに比率が高く、近年になって日本の少年犯罪が増加しているというデータも有りません。
 また、諸外国と比較して日本人の自殺率が上昇するのは45歳以上の中高年層であることを踏まえると、いずれも漫画・アニメの視聴との関連性には疑問符がつきます。


犯罪率の国際比較(OECD諸国)
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2788.html
殺人発生率 国際比較 - GLOBAL NOTE(要会員登録)
http://www.globalnote.jp/post-1697.html
少年犯罪データベース 少年による殺人統計
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm
諸外国の自殺死亡率
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/11.htm


 死の教科書については、現物を見たことがないのですが、生の価値を見出すために死について考える機会をもつということは非常に有意義なことだと思います。
 欧米で行われている死の教育がどのようなものかはわかりませんが、漫画・アニメにおいても深刻な死の場面が描かれることは少なくありませんし、むしろ、漫画・アニメを死について考える死の教科書として活用して行く道を探る方が、より進歩的といえるのではないでしょうか。



 今回に限らず、こういった若者文化批判は同番組内でもしばしば散見されますが、
天下の公営放送であるNHKがこうした民放メディアで氾濫する安易な若者文化批判に迎合することには、大いなる疑問を感じます。
 番組側でも、もう少し主体的に内容の斟酌をしていただきたいものです。

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